大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)1331号 判決 1969年4月03日

上告人 北村輝夫(仮名)

被上告人 北村ひろ子(仮名)

被拘束者 北村秀夫(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村経生の上告理由第一点について。

原審の確定したところによれば、被上告人は、上告人から荷物を引取りに来るよう人を介して申出を受け、これに応じ、機会があれば被拘束者を連れ出そうと考えて上告人宅に赴き玄関先で案内を乞うたところ、たまたま当時一歳の被拘束者が玄関まで這い出してきたので同人を抱きとり、上告人の子である北村勇、同幸子が被拘束者を返すよう求めたのにも応じないで、そのまま屋外に出て通りがかりのタクシーを呼び止めて乗り込み、被拘束者を連れ去つたというのである。

右事実によれば、現在被拘束者が被上告人の許において養育されることになつたのは、上告人の意思に基づくものでないことは明らかであるけれども、本件のように、夫婦関係が破綻に瀕している場合において、夫婦の一方から他方に対し、人身保護法に基づきその共同親権に服する幼児の引渡の請求がなされたときは、子を拘束する夫婦の一方が法律上監護権を有することのみを理由としてその請求を排斥すべきものでなく、子に対する現在の拘束状態が実質的に不当であるか否かをも考慮してその請求の当否を決すべきものであるとともに、右拘束状態の当、不当を決するについては、夫婦のいずれに監護せしめるのが子の幸福に適するかを主眼として定めるべきものであることは、すでに当裁判所の判例とするところである(昭和二三年(オ)第一三〇号同二四年一月一八日第二小法廷判決民集三巻一号一〇頁、同四二年(オ)第一四五五号同四三年七月四日第一小法廷判決民集二二巻七号一四四一頁参照)。そして、右の観点に立つて、子に対する現在の拘束状態が子のためにむしろ幸福であると認定される以上、かりに現在の拘束状態を生ずるについて請求者である他方の親権者の意思に反するような事実があつたとしても、そのことが刑事上の問題となりうることは格別、現在の拘束状態をもつて不法な拘束であるとして人身保護法を適用し、請求を認容すべき根拠とならないことも、また叙上判例の説示に照らして明らかである。所論は、前掲昭和四三年七月四日当小法廷判決をもつて同旨のものとして引用するが、同判決は、その具体的事実関係のもとにおいて、拘束者の監護の下におかれるよりも夫婦の他の一方である請求者に監護されることの方が子の幸福を図るゆえんであることが明白な場合において、夫婦の一方が他方の意思に反し適法な手続によらないでその共同親権に服する子を排他的に監護している事実を拘束の違法性が顕著であるか否かの判断に併せ供しうる趣旨で判示されたものにすぎないのであつて、所論とはその趣旨を異にし、論旨を支持するものたりえないというべきである。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点および第三点について。

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決の挙示する証拠によつてすべて是認するに足りる。そして、右事実関係のもとにおいては、被拘束者の利益と幸福をはかるためには、なお引き続き被拘束者を母親である被上告人の許において監護させるのがむしろ適当である旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難し、また独自の見解に立つて異見をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、人身保護規則四二条、四六条、民訴法九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田誠 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 大隅健一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例